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2026.09.13

家族関係を考える

家族なのにわかってくれない!という嘆きを、誰しも耳にした覚えがあるのではないでしょうか。家族が「安定・安心・安全」の役割を果たしていることは、健やかな成長と発達に必須です。しかしながら、「安心と安定と安全」と「すべての“理解”がなされる場」はイコールなのでしょうか?

答えはNOです。少なくとも私は違うと思います。

 

家族の誰かに対して「病院行くのをやめないから、腹立つから距離をとっている」「食事を良くしないから、もうほっておいている」「ワクチンを打つ・打たないで疎遠になった」と怒っている人がいるけど、そもそも身近な人だから思い通りにしたい、という気持ちはどこからくるのでしょうか。「こんなに私が心配しているのに!」と相手を思っての言葉であることもわかる。それから「それをわかってもらえない」という苛立ちがあるのも、よくわかります。

 

家族のまず一つ目の役割は、冒頭に述べた「安定・安心・安全の場」です。そしてもう一つの役割はこれです。

 

「家族という関係でも、人と人は分かり合えないことがある」

 

家族だからわかってもらえるだろう、は自然な感覚です。けれども、家族でもわかり合えないことがあるのも事実です。家族をお互いがわかり合う(補完し合う)関係であると捉えるなら、人生において必要なことって、わかり合えない人とどうやって共に生きていくのか?なのではないでしょうか。

わかり合えないから、わかり合うためにコミュニケーションがあるのですよね。コミュニケーションの取り方は様々ですから、その幅を増やしていくことも時に大事になるでしょう。そうなると、その人の理解を深めるために、色々な視点を持つことも必要になりますね。

 

家族という集団は、実は社会で人間関係を築くよりもっと難しいことが多々あります。それぞれが素の状態でぶつかるからこそ、外面を整えても意味がない。むしろ内面をアップデートして、相手に向き合う必要があるのです。家族は人間の最大の「安定・安心・安全の場」ですから、その場を作ること、諦めないで生きていきたいものです。