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2025.03.31

明日への活力

愚痴がない世界は素晴らしいのか

愚痴とユーモア

皆さんは、愚痴ってどう思いますか?
以前開催していた本の研究(ZOOM)で、「愚痴」の話になりました。

 

愚痴って、悪いものなのでしょうか?

 

たしかに「愚痴」と聞くと、人のこと悪く言ったり、不満を垂れたり、不毛、生産性のない、ネチネチ…みたいな「なんか良くないんじゃない?」という印象があるかもしれません。

 

カウンセリングをしていると、愚痴を言うことがダメだと思って、その気持ちをグッとしまい込んだり、どうにか良い解釈にしようと言葉を選んで選んで選んでいる人たちに出会います。そう言う人の多くが、愚痴を持ってしまう自分を嫌っており、湧き出てくる愚痴に繋がる気持ちをどうにかして無くそう、隠そうと疲弊しております。愚痴の言葉が出ることを怖がって、エネルギーを使い、自分の気持ちを隠すのに、エネルギーを使っているのです。(これが慢性疲労の一つの原因になっていたりする)

 

私は愚痴には二種類あると思っています。一つ目は前述の「何も生み出さない愚痴」。もう一つは「明日の活力になる愚痴」です。

 

明日の活力になる愚痴」にはルールがあります。まずは、あまり取り繕いすぎないこと。二つ目は愚痴を言っている自分を、「愚痴なんて言いたくないんだけど」と言い訳して、何者かに言わされているかのように責任転嫁しないこと。堂々と「私は愚痴を言いたいんです」と在りましょう。それから感じたことをそのまま言うこと。吠えても良い。感情の爆発をそのまま聞くと、聞いた人は笑ったり驚いたりします。

言った方はスッキリする。ここで先ほどにも書いた「愚痴なんて言いたくないんだけど」みたいな感じで控えめに言ってしまうと、せっかく愚痴を言っているのにスッキリしない。

 

それから、最後のこれは、ちょっと上級者向けですが、笑いポイントを作ると尚いいですね。「ほんと、あの上司カピバラみたいな顔して。ゆっくり湯に浸かってないからストレス溜まってるんやで。カピバラ見習ってほしいわ」みたいなね。(どんなシチュエーションだ。)

 

愚痴に大事なのは『気持ちを発散させること』それと『明日の活力になること』です。言ってどうしようもなく終わりではなく、「さあ、言うだけ言った」「明日も頑張ろう」と繋がること。そしてそれに必要なのは、ちょっとした“ユーモア”だったりします。

 

愚痴がない世界は素晴らしいのでしょうか。

 

生きていりゃ、愚痴の一つや二つある。陽ばっかりでは偏る。晴れの日があれば曇りの日があり、光があれば影がある。世の中は隠と陽で成り立っています。

私は、感じたことを時に激しく、時に面白く、愚痴として誰かと共有して、「さあ、明日も頑張ろう」となれる、そういう力を持っていることが素晴らしいと思います。