美味しさの基準、「感覚」を養う
両親が添加物やジャンクフードに厳しく「食べたい」という気持ちが抑圧され続けると、子どもが自分でお金を使えるようになった時に、スナックやジャンクフードをタガが外れたように食べだすことがあります。
子どもに身につけさせたいのは、スナックやジャンクフードはからだにわるいから摂取すべきではない、という押しつけのルールではありません。本質的なことで言うと、『美味しさの基準』を体に作ることです。「美味しさの基準」ーーーそれはどのように育んでいくのでしょう。私の大好きな土井先生が素敵な言葉を綴ってくれているのでご紹介します。
「ここに一つのお茶碗があるとします。それは、それまでの自分にとっては価値のなかったものです。茶碗を手にして眺めても、自分は何も思わない。ところが、自分の敬愛する人や信頼できる人に「このお茶碗はとてもいいものですよ」と教えられると、それまで何も感じなかったお茶碗がとても魅力的に感じた、このような経験はありませんか。自分がまだ未熟な時に起きることですが、そういった経験を重ねることでも、物事の基準が身についていきます。
両親が「おいしい、おいしい」と喜んで食べる様子を子どもたちが見て育てば、幼いときに嫌い嫌いと嫌がっていたとしても、いつか好んで食べるようになるものです。子どもにとって食べ物がすべてであり、そこから本当に多くのことを学び、身につけ、自分の生きる力になっていることがわかります。

ですから、そのような経験を子ども時代にしっかりとしてきた人であれば、きっと判断する力は自然に備わっているものでしょう。親が伝えてくれた情報の価値は非常に重いので、経済活動のための薄っぺらい情報や誘惑に出会っても、揺らぐことはありません。あらゆる物事を判断する基準ができているからです。」(土井善晴「一汁一菜で良いという提案」)
多くの場合、美味しさの基準は大人によって作られます。美味しさの基準を健やかな食事で作りながら、心からの「おいしい」を次世代を担う子どもへ伝えていきたいですね。